グローバル・デジタル時代における日米共同研究: 日米デジタルイノベーションハブ ワークショップ

キャロラインF.ベントン
ギル・ラッツ

序文

日米デジタルイノベーションハブ ワークショップは、日米の大学の協力で開催されてきた取り組みです。データサイエンス、人工知能(AI)、サイバーセキュリティなどのデジタル分野における研究と教育における日米の大学や研究機関の連携を組織的に支援する体制構築を目的としています。年に一度開催するワークショップでは、両国の研究機関の協力を促進するための講演が行われ、それに基づいて議論します。これにより、対象分野の進展に向けた情報やリソースの相互共有が可能になります。これまでのワークショップには、日米の政府機関や産業界を牽引する代表者たちが数多く参加してきました。

ワークショップの始まり

2013年4月にワシントンで開催された第12回日米科学技術協力合同高級委員会において、デジタル科学分野における日米協力の関係強化に関する意見交換が行われ、両国の科学、テクノロジー、教育に関する政策立案に携わる高官らが出席しました。大学や企業等からのより幅広い参加を促すため、米国務省とカーネギー国際平和財団の主催で公開討論会が開かれ、大学やシンクタンク、民間部門の代表者らが議論する会議も併せて開催されました。ビッグデータ、モノのインターネット(IoT)、AI、サイバーセキュリティ、ロボット工学、量子情報科学分野における協力の可能性やニーズをさらに探求するため、東京でもフォローアップセッションが開催されました。これらの会議において、デジタル時代の科学技術を進歩させるうえで、日米の産学連携のためのハブを設立する重要性が確認されました。

デジタルイノベーションハブ ワークショップ

Picture of professionals and students posing in front of a sign.

アリゾナ州立大学, 2018.​​​​

産官学のトップレベルが参加したこれらの議論は、日米協力に対する意識と関心を政府レベルで促すうえで重要でした。しかし、構想を実現させるためには、研究者や大学の代表者らが議論するためのプラットフォームの設立という次のステップが必要でした。そこで、2015年に第1回日米デジタルイノベーションハブ ワークショップがワシントンで開催されました。このワークショップには、大学(日本の4大学と米国の3大学)と民間企業から参加者が集い、武田修三郎氏1や在米日本大使館のほか、両国それぞれの研究開発を振興する国立研究開発法人や国立財団の支援を受けました。2 2日間にわたるワークショップでは、産学官連携について意見が交わされました。第1部は一般公開されましたが、第2部は非公開セッションとし、研究者や大学幹部らがグローバル・デジタル時代における大学間の交流やコラボレーションの重要性について検討し、議論しました。そのなかで共同研究や、教員交換の促進、共同教育の取り組みについて具体的な議論が行われました。第2回、第3回のワークショップも、それぞれ2016年と2017年にワシントンで開催されました。第4回以降は、下の表のように日米で交互にワークショップが開催されてきました。

2018年3月19~20日
筑波大学、 日本 つくば市

参加組織

  • 主催:JST、NEDO
  • 事務局:筑波大学
  • 日本の8大学
  • 米国の8大学
  • 民間企業

2018年6月28~29日
アリゾナ州立大学ワシントン校、 ワシントン

参加組織

  • 事務局:アリゾナ州立大学
  • 日本の7大学
  • 米国の11大学

2019年6月10日
筑波大学、 日本 つくば市

参加組織

  • 主催:JST、NEDO
  • 事務局:筑波大学
  • 日本の9大学
  • 米国の9大学
  • 民間企業


第6回デジタルイノベーションハブ ワークショップでは、参加地域の範囲が拡大され、インド工科大学ボンベイ校の代表者も参加するようになり、日米の参加者数も増加しました。議論の中心となったのは、サイバーセキュリティ、サイバートラスト、データガバナビリティ分野における産学連携の推進で、これらは新たなデジタル時代であるSociety 5.0(「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)」に向けた日本政府のビジョン3)を実現するうえで必要な要素です。また、相互利益、説明責任、透明性というコアバリューに基づき、学界・経済界のセキュリティのためのルールを確立する必要性も確認されました。

日米デジタルイノベーションハブ ワークショップの今後の方針

これまでに実施された6回のワークショップは、参加した日米の大学間における共通認識と相互理解を形成しただけでなく、具体的な協力にもつながるようになりました。トップダウンで優先事項を示したことにより、ボトムアップの研究提案や活動が促進されました。この数年間にわたり、日米の研究開発を振興する機関の支援により、両国の研究機関の間に持続的な関係性が築かれてきました。たとえば、いくつかの参画大学が新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「人工知能技術適用によるスマート社会の実現」の資金提供を受け、共同研究プロジェクトを立ち上げています。

以下にプロジェクトの事例とそこに参画するメンバーを示します。

  1. モビリティ/自然言語による理解に関するプロジェクト
    パートナー大学:名古屋大学、オハイオ州立大学、テキサス大学ダラス校、ジョンズホプキンス大学

    このプロジェクトは、AIに対する人間の理解と信頼を促進するために、自然言語でAIによる判断の基礎を説明する「説明可能なAI」に焦点を当てています。その目的は、AIによる行動の決定をより理解しやすくし、自動運転に対する消費者の信頼度を向上させることにあります。
  2. ヘルスケア、および機械と人間の相互作用に関するプロジェクト
    パートナー大学:広島大学、アリゾナ州立大学
    このプロジェクトは、体力と健康を生涯にわたって維持するための体力トレーニングのモチベーションを、AIの利用により保つ方法に焦点を当てています。ウェアラブルセンサー技術と個人情報収集デバイスを使用した、AIベースのコーチングシステムとセルフケアシステムの開発を目標としています。
  3. 医療と機械学習に関するプロジェクト
    パートナー大学: 東北大学、ケース・ウエスタン・リザーブ大学、ジョンズホプキンス大学
    感染症と戦うための抗体を特定する際の大きな問題のひとつは、その工程にかかる時間とコストです。このプロジェクトでは、機械学習技術や、生命情報科学、計算化学を利用して、より少ない開発時間とコストで新たな抗体を開発する方法を研究しています。
  4. 分散データを保護して統合的に機械学習をする技術に関するプロジェクト
    パートナー大学:筑波大学、デラウェア大学、ジョンズホプキンス大学、パデュー大学、オハイオ州立大学
    プライバシーや個人情報の保護に対する意識の高まりにより、機械学習のためのデータ取得は困難になってきています。このプロジェクトでは、データの中間表現、または個人情報や保護必要情報が含まれていないデータを使用することで、データ共有や連合学習を可能にする新しいプラットフォーム技術を開発しています。筑波大学の重点分野は機械学習で、デラウェア大学はセキュリティ、ジョンズホプキンス大学は医療データ分析、オハイオ州立大学はスマートシティを中心に研究しています。

さらに、2019年7月、全米科学財団(NSF)と日本科学技術振興機構(JST)は、スマートなコネクテッド(接続された)コミュニティ・ソリューションの研究を支援するべく、「スマート・コネクテッド・コミュニティ」4のためのJST-NSF研究助成金を開始しました。助成金申請の呼びかけのなかでは、「災害対応と緊急事態管理、精密農業、配電網とモノのインターネット(IoT)デバイスのサイバーセキュリティ、有線・無線ネットワーク」に対する関心が強調されました。

オハイオ州立大学と筑波大学が企画していた第7回デジタルイノベーションハブ ワークショップは、新型コロナウイルスの世界的な流行により、計画どおり2020年に開催することはできませんでした。しかし、近い将来、オンラインでワークショップを開催することを計画しています。このワークショップで予定しているテーマのひとつは、オハイオ州立大学が取り組んでいるプロジェクトである「スマートモビリティ」です。そのプロジェクトは、新しいセンサー、アルゴリズム、通信などの技術を利用することで、あらゆる交通(輸送)手段における問題の解決を目指しています。この新しいプロジェクトには、学部および大学院レベルの教育、研究、イノベーション、経済開発、コミュニティ開発が組み込まれています。また、輸送や移動といった従来の研究分野に加えて、データ分析、人工知能と機械学習、持続可能性、エネルギー、都市計画、スマートインフラストラクチャ、人間行動と人的要因、サイバーセキュリティ、マテリアル、製造、コネクテッド自動運転車両、人体の健康、およびその他の分野が関わっています。5

デジタルイノベーションハブに携わっている研究者たちは、共通のビジョンや価値観のもとで、この日米プラットフォームの結束が今後も強まり、AIやビッグデータ、サイバーセキュリティなどのデジタルサイエンスの重要分野における研究者の交流が促進されることを目指しています。デジタルイノベーションハブのゴールは、日米の産業界と力を合わせ、両国政府の支援を得ることで、研究成果を社会で実用化することです。